記憶と記録…目で見る事で気付く子供の成長した姿とほんの少しの寂しさ

さて今日は子供がいる方はよく使うであろう写真もしくはカメラのあり方についてお話ししようかと思います。

私は昔からよく写真を撮ります。

友達、彼氏、家族とよく撮っていました。

今でいうキラキラなセンスのいい写真とは無縁ですが何か写真として残し後からまたその時
期を懐かしむことが好きでした。

良いことも悪いことも。

めいたろの写真

幼稚園児

めいたろが生まれてからも写真はよく撮りました。

スマホのメモリーはめいたろがほぼ占領していました。

今でもそうです。

遊んでる時や寝ている時泣いてる姿もあります。

めいたろは4歳でまだまだ小さいですが1歳の頃の写真を見ると小さく感じ懐かしくも感じます。

めいたろも小さい頃の自分を見て楽しんでいます。

そういった意味合いからも写真を撮ることは良いことだと思いますし大きくなった時親子で話が出来ることも大切だ思います。

めいたろも幼稚園に入園し以前にも増して写真を撮る機会が増えました。

めいたろが生まれてから片時も離れなかった私とめいたろが初めて離れた時間を過ごします。

授業参観などで見るめいたろ。

私の知らないめいたろの姿が幼稚園にはありました。

家では甘えん坊で赤ちゃんの真似なんかしているめいたろがめいたろよりも体の小さいお友達の靴を履かせてあげていたり手を引いてあげていたりとお姉さんなめいたろがいました。

私は嬉しくて写真を撮りまくっていました。

綺麗に整列をして体操していたり前にならえをしていたり園長先生の話も聞かずに砂いじりをしていたり。

どんな写真も微笑ましい写真でした。

初めて目で見るめいたろ

砂遊び

授業参観も3度目になると同じような写真はいいかと思い全員で朝礼後の体操している姿を写真も撮らずに見ていました。

その時に初めて気づきました。

めいたろが何かをしている姿を自分の目で見ていたことがなかったんです。

ずっとカメラ越しでしか見ていませんでした。

自分の目で見ためいたろは周りの友達に合わせて笑いあって楽しそうにしていました。

カメラ越しでは周りやお友達とのやり取りまで見れていない事に気付けていませんでした。

もちろん写真で残すことも大事です。

その瞬間を写真に収める事で子供が大きくなった時色々な話も出来ると思います。

何故写真を撮るのか。

もちろん可愛い我が子の頑張る姿、可愛い笑顔を記録に残したい。

それが一番だと思います。

でもその一方で

「写真を撮ること」

が一人歩きをしていることもあります。

自分の目で見ためいたろ。

カメラ越しのめいたろ。

その瞬間はカメラに収める事が出来ても実際にはその瞬間はその時だけのものかも知れません。

記憶と写真と少しの寂しさと

カメラ

今後も私は写真を記録として撮り続けると思います。

でもその瞬間のめいたろも記憶として見ていてあげられるように自分の目で見る機会も増やしていきたいです。

今回は私の言いたいことが伝わったかどうか定かではありません。

しかし少なからず伝わっていればいつか手に持つカメラを降ろしてみて下さい。

普段とは違うものが見えてくるかもしれません。

そして同時に感じる子供の成長した姿への寂しさ。

「記憶か記録か」

たまには目で見るめいたろを楽しみたいと思います。

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