壮絶な出産・・・それとも ・・・私の出産エピソード

今回は前回お話した妊娠の終着点。

いよいよ出産です。

怖いと思っても出産は待ってくれない。

私の壮絶な出産話。

でも壮絶な出産って私だけ?
・・・それとも・・・

出産のよく聞く話

出産を迎えるころには私も28歳になっており周りからの情報もそれはそれは豊富にありました。

ある友人は・・・
「腰をダンプカーが常に往復している感じ」
だとか

また他の友人は
「背骨を木こりに鋸でギコギコされる感じ」
だとか・・・。

うん。

細かな例えはさておき伝わってくるのは
「痛い。兎にも角にも痛い」
それだけ。

で し ょ う ね 。

3キロの人間が出てくるんですもの。
痛くなきゃそりゃ嘘だ。

覚悟しておきます。

ちなみに私は痛みには滅法弱い事は自負しております。

採血でさえダメなんです。

しますよ。
必要とあらば。

でもだからと言って出産は待ってはくれません。

出すために大事に育てましたよ。
15キロも太って(笑)

待たずともその日はやってきます。

いよいよ出産スタート

妊婦

予定日は来たる6月5日。

里帰りももして準備は万端。

しかし予定日はあくまで予定。

大抵は遅れるみたいですね。

私も例にも漏れず予定日は超普通に過ごしてました。

翌日。
朝におしるしが来ました。

病院に行くもまだまだだと。

子宮口も開いてなく帰されました。

その夜からです。
前駆陣痛が来ました。

簡単に言えば生理痛の10倍痛いやつです。

はい。
寝れません。

それが10分おきに来るんです。
完全に起こしに来てます。

予定日を過ぎていたこともあり検診は毎日行ってました。

しかし行っても帰されます。

子宮口も開いてなく赤ちゃんも下りてきてないと。

産婦人科の廊下で悶えながら会計をして帰ってました。

予定日を3日過ぎた6月8日。

その日は実家に姉家族も来ていてみんなで焼き肉をしてました。

そんな中私は。

もう無理。
泣いてました(笑)

痛いんです。

でもさすが母。
一言。
「まだまだそんなもんじゃないから」

そうだろうけど!!!!

結果予定日も過ぎてるしこのまま夜は過ごせないだろうという事で母と主人と夜10時に病院に向かいました。

病院に着くと色々検査をしてもらいそのまま入院になりました。

主人も翌日が休みだったため付き添ってもらい母は帰宅です。

始まりました。

いよいよです。

陣痛が落ち着く間に色々考えてました。

どのくらいで生まれるかな。

大きいかな。
小さいかな。
これ以上痛くなるんだろうな・・・。

まあ5分おきに陣痛が来るもんで思考もそこまで深くには至りませんでした。

5分おきに私が唸るので主人もその度腰をさすり朝を迎えるころにはゲッソリです。

そして思い出して下さい。

前日の晩御飯。
焼き肉です。

陣痛室には焼き肉フレーバーが漂っていました。
最悪です。

トイレに行くのも一苦労。
というより怖かったんです。

何か出てきそうで。

こんなことでは出てこない事は後から嫌というほど思い知ることになりましたが。

そんなこんなではっきりした時間は覚えてませんが昼前位に仕事を早く切り上げ母が来てくれました。

それから主人とバトンタッチ。

昼過ぎには促進剤の投与が始まりました。

先生の話を痛みを堪えながら聞いてました。

「促進剤を入れたから夕方5時か遅くても7時には生まれると思うよ。」

一筋の光が見えました。

それからはひたすら時計と睨めっこです。

2分おきに
「今何時?」
と聞いていた気がします。

でも・・・
5時になっても・・・
7時になっても・・・

生まれる気配がありません。

先生の嘘つき・・・

いや
先生は悪くありません。

ただそれくらい疲れてました。

前駆陣痛でずっと寝れてなかったんです。

それから8時か9時にようやく分娩室に入れました。

しかしいよいよ生まれる!という感じではなくとりあえず入れとくか・・・的だったのはひしひしと感じました。

その証拠に分娩室に入ってもほぼ放置。

・・・え・・・?
何すればいいの・・・?

それからは正直記憶も曖昧で。

途中で看護師さんが来て

「あー破水したねー」

え—–(笑)簡単に言うなやーん(笑)

いきみ方やタイミングを教えてもらい必死にいきみます。

主人も必死です。

主人は普段淡々とした人なんですが

私がいきむ度に

「いいよ!今のうまい!」

新手のカメラマンばりに。

しかしまあ出てこない(笑)

隣の分娩室からは後から来た方なのに元気な産声が。

羨ましい。

その一言に尽きます。

そんな中なかなか進まない私の出産。

さてどうなる?

ここでまさかの

メス

いよいよ出てこない上、破水をしていたので看護師さんから主人に話があると。

「このままだと帝王切開になるかも」と・・・。

うそーーーーーん。

でもまあ背に腹は変えられません。

「そうすべきならそうしてください」と。

そうと決まればさっさとこの腹切って早く我が子に会わせてくれ!!

しかし夜も11時を回った産婦人科。

麻酔科医が常駐しているわけではありません。

「麻酔科医が来るまで30分はかかるよ」

耐えるしかありません。

いきむわけにもいかずただただ耐えました。

この30分が1番つらかったかもしれません。

自分の力で生めないんだ・・・。

そのことだけが頭をぐるぐる回ってました。

麻酔科医が到着し分娩室から一転、一気に手術室に変わりました。

部分麻酔をかけられスー――――と痛みが引いていった時は感動しました。

カチャ・・・カチャ・・・という音が聞こえてきて

「本当にドラマで見る手術みたいな音がする」

そんな暢気なことを考えながら涙が止まりませんでした。

やっと生まれるという安心からか

始めての手術の不安からか

ひとつだけわかっていたのは帝王切開になった為、主人が分娩室から出されそばにいなかったことです。

ただただ怖かったんです。

泣いてる私に気付いた麻酔科医の女医先生がずっと手を握っていてくれました。

手術時間は40分足らず。

何をされてるのかわからないまま・・・

甲高い産声が聞こえてきました。

6月10日日付も変わった0時9分
49センチ3092g

めいたろ

やっと・・・生まれた・・・。

軽く先生に処置をされた後私の顔のそばに。

初めてかけた言葉は

「お疲れ様。ごめんね。」

これが精一杯でした。

全ての処置が終わり分娩室を出ると両親と主人が待っていてくれました。

姉家族も生まれるまでいてくれてたと。

母が

「頑張ったね。お疲れ様。」
と言ってくれすぐそこまで出ていた言葉を飲み込みました。

「自分で生めなかった」

いや頑張ったもん。
そう思うようにしました。

時間にして26時間。

予定日を5日過ぎての壮絶な出産でした。

しかし私の出産は世の中にある出産エピソードの中の一つにすぎません。

人それぞれ様々な事が起きたと思います。

でもどれも共通してるのは子も親も絶対がないという事です。

生む側も傷一つ付けずに生むことは無理ですし生まれる子供もこれからの人生でも味わわないほどのストレスを潜り抜け生まれるそうです。

壮絶な出産だったのか
出産が壮絶なのか

身をもって体験することが出来ました。

とブログを書きながら当時を思い出しました。

帝王切開でも可愛い事に変わりはない

まだまだ帝王切開の傷はたまに痛みます。

でもこの子を産んでよかったと。

めいたろ②

いまさらながら再実感です。

生意気も言うようになってきました。

怒られても反発してくる事も増えてきました。

でもまだまだ4歳可愛い盛りです。

娘の寝ている可愛いほっぺに吸い付いてから寝たいと思います。

次からはやっと子育てが始まります。

ぶつかる壁の厚さと高さに圧倒され続けた日々です。

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